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何もしなくてもいい家が、本当に豊かな暮らしになるのだろうか?

  • 執筆者の写真: Kawabe Fumi
    Kawabe Fumi
  • 43 分前
  • 読了時間: 2分
バルコニーからの風景
バルコニーからの風景

私は普段から住む人が、便利で快適な家をつくろうと考え、工夫し、提案しているつもりです。


また、お客さんと一緒に考え、納得のいく形でゴールすることを目指しています。


そして、快適さや便利さを追求していこうとするとどうしても性能のいい設備やシステムを選びがちになります。


予算が許すものであるならば、それでもいいと思います。


ただ、時々、「それでいいのか?」と感じることがあります。


「このお客さんにあっているものなのだろうか?」


「全体のバランスがとれているのだろうか?」


「何もかもそろったものが壊れてしまった時は大丈夫なのだろうか?」


「これを入れることで暮らしは豊かになるのだろうか?」


「豊かな暮らしって何だろう?」


頭の中でぐるぐるするのです。


私の中では、豊かさ=お金をかけることではありません。


もちろん、便利な設備や優れた技術は利用すればいい。 私自身、できるだけ便利で快適な家をつく

りたいと思っています。


でも、そこにすべてを任せてしまうのではなく、住む人自身が家のことを考え、工夫できる余地も残っていた方がいいのではないかと思うのです。


考えることで、自分の家に向き合う。 手をかけることで、家のことを知る。


だからといって、安いもので済ませればいいということではありません。


むしろ、何もかも完璧に揃えることを目指さなくてもいいのではないでしょうか。


自然素材や造作には、既製品にはない良さがある一方で、傷んだり、手入れが必要だったり、少し手間がかかることもあります。


でも、その手間まで全部なくしてしまわなくてもいい。


人が考えたり、工夫したり、手をかけたりできる余白。 少しの遊びや、ゆとり。 一見するとムダに見えるもの。


そんなものが暮らしの中に残っていることも、豊かさなのではないか。


最近、そんなことを考えています。



この考えを、自分の家で試しています。

自然素材、造作、断熱・気密・換気。便利で快適にするところと、人が関われる余白を残すところ。

そんなことを考えながら建てた自邸で、現在実際に暮らしています。

良かったことも、想定と違ったこともあります。

ご興味があれば、自邸兼モデルハウスのページもご覧ください。


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